部屋の掃除をしてもしても、いつの間にかまた埃やチリが床に落ちている――そんな経験はありませんか? せっかく片付けたのに、またすぐに散らかってしまう部屋を見て、「ああ、これがエントロピーの増大というものなのか」とため息が出てしまいます。
この「無秩序への流れ」が自然な摂理なのだとして、私たちが掃除をする意味とは一体何なのでしょうか? 宇宙の壮大な法則に対し、掃除する事で対峙していると言う事になるのでしょうか?
今回は、「掃除」と「エントロピーの法則」を結びつけて考え、私たちの日常が物理学の中でどのような位置にあるのかを探ってみたいと思います。
1. エントロピーって何?
エントロピーとは、物理学において「無秩序の度合い」を表す言葉です。熱力学第二法則によれば、孤立系(外部からエネルギーを受け取らないシステム)のエントロピーは常に増大し、自然界のすべてはより無秩序な状態へと向かうとされています。
例えば、ドレッサーにきちんと掛けられた服も、秩序ある存在として最初は完璧に見えます。しかし、時間が経つとその服から舞い落ちる微細な繊維やチリが床に蓄積し、部屋は徐々に無秩序に向かいます。この現象こそが、自然界の法則なのです。
2. 掃除はエントロピーに逆らう行為か?
無秩序に向かう部屋に対して、私たちは秩序を回復すべく懸命に掃除をします。掃除をすることで、部屋は一見、秩序を取り戻します。ドレッサーの下に溜まった埃を取り除き、部屋を整然とさせることで、局所的にはエントロピーが減少します。
綺麗になった部屋を見て、私たちは感慨に浸ります。これは自然の法則に対する勝利とすら思え、酔いしれもします。
しかし残念ながらそうではありません。私たちは勝ってなどいないのです。
それはつまり、掃除自体にもエネルギーが必要だということを忘れてはいけないと言う事です。
掃除機を動かす電力や、人が体を動かすために使うエネルギーは、摩擦熱や空気中の熱エネルギーとして環境に拡散されます。つまり、掃除という行為自体はもまた、宇宙全体のエントロピーを増大させているのです。
掃除は局所的には秩序を取り戻しますが、そのためにエネルギーを消費し、結果的には全体の無秩序を増大させる――私たちは、エントロピーの手のひらで踊る孫悟空の様なモノです(ドラゴンボールではなく西遊記の方の意味で)。
3. 宇宙的視点で見る掃除
エントロピーの法則は、私たちの部屋だけでなく、宇宙全体にも適用されます。
巨大な引力によって秩序が成立する恒星系も、やがて恒星が燃え尽き、エネルギーが均一に拡散していきます。その状況が進むと巨大引力が成立する質量の集まりはやがて無くなり、新たな恒星が誕生しない、ブラックホールも蒸発する、沈黙の状態に至ります。それが「宇宙の熱的死」。エントロピーの法則が予言する未来です。
掃除もまた、宇宙規模のエネルギーの流れの一部です。私たちが部屋を片付けるたびに、局所的な秩序を取り戻すためにエネルギーを使いますが、それは、熱や音として宇宙に拡散していきます。
掃除をするたびに、私たちは宇宙の死に関与しているのです。
4. それでも掃除をする理由
では、どうして私たちは掃除をするのでしょうか?
それは、掃除が単に「秩序を回復する行為」ではなく、私たちの生活の質を向上させるための重要なプロセスだからです。
掃除は、部屋を快適な空間にし、心理的な安心感を与えます。また、健康を保つ上でも欠かせない行為です。掃除をすることで、私たちは日々の生活の中で小さな秩序を作り出し、その中で自分自身を取り戻すことができるのです。
人は誰でもいつか死にます。しかしだからと言って嘆いてばかりと言う訳でもありません。生きている限り人生を謳歌するのです。
エントロピーと掃除の関係はこれと同じです。
4. それでも掃除をする理由
次に掃除をするとき、エントロピーの法則を思い出してみてください。
ドレッサーの下に溜まった埃を取り除く行為は、宇宙全体の壮大なエネルギーの流れの一部なのです。そして、掃除が終わった後のスッキリした部屋は、あなたが無秩序の中に秩序を生み出した証拠でもあります。
無秩序に向かうこの世界で、私たちが掃除をするたびに、わずかではありますが、秩序の輝きが生まれるのです。
掃除をするたびに、「自分はエントロピーを拡散させながらも、エントロピーと戦っているのだ」とちょっと壮大な視点を持ってみると、日常の行為が少しだけ楽しくなるかもしれませんね。
そう考える時、掃除とは人生を謳歌する事そのものだと気がつく事でしょう。
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